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最高裁判所第二小法廷 昭和30年(オ)400号 判決

上告人 福岡県知事

訴訟代理人 矢野弘

被上告人 田本キヨノ

主文

第一審並びに第二審判決を破棄する。

本件を福岡地方裁判所に差し戻す。

理由

上告人指定代理人矢野弘の上告理由について。

原審の是認した第一審判決は、「本件農地買収計画樹立当時の自作農創設特別措置法(自創法と略称する)四八条の規定を同法三条一項一号に適用すると、地区農地委員会の設けられている市町村にあつては農地の所有者がその住所のある地区農地委員会の区域外において所有する小作地は、政府の買収の対象となる土地の買収要件をそなえているかどうかの判断は昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基きこれをなすべきところ、そもそも地区農地委員会の制度は、昭和二一年法律四二号(農地調整法中改正法律)が従前の農地調整法一七条ノ二を改正して創設したものであり、同法は同年十一月二十二日からその施行をみたものであるから同日よりも更に約一年以前の前記遡及買収の基準日現在にあつては、全国いずれの市町村にも地区農地委員会なるものは存在していなかつたのである。それ故遡及買収の場合には、前掲自創法四八条の読替規定は適用の余地なく問題の土地が不在地主の所有小作地なりや否やの判断は、もつぱら同法三条一項一号のみに準拠してこれをなすべきものであり、同法四八条を根拠とする被告(上告人)の主張は法律上理由がないものといわなければならない。してみれば、本件土地の所在地と原告(被上告人)の住所とは、昭和二十年十一月二十三日現在においては自創法三条一項一号にいう同一区域内にあるものといわなければならない。従つて仮りに本件農地が同日現在において小作地であつたとしても、不在地主の所有する小作地であるとはいえないから、本件土地を不在地主たる原告(被上告人)の所有小作地であると認定して遡及買収計画を定め、これを是認してなした被告(上告人)の本件買収処分は、本件土地が小作地なりや否やの争点に対する判断をまつまでもなく違法であり、これが取消を求める原告(被上告人)の請求は正当である」として、これを認容している。

しかし自創法の農地遡及買収の制度は、遡及買収の基準日である昭和二十年十一月二十三日以後において農地所有者の作為によりその所有関係、小作関係所有者の住所、土地の状況等に変動があつた場合に、この変動を無視して右基準日当時の状況に基いて買収を可能ならしめる制度であるから、農地所有者の作為とは関係のない農地委員会の管轄区域に関する事項の如きは、自創法附則二項の定める「昭和二十年十一月二十三日現在における事実」のうちに含まれないものと解すべきであり、同法四八条が現状買収の関係においても遡及買収の関係においても、一律に同法三条中「市町村の区域」とあるのを「地区農地委員会の設けられている地区」と読み替えているのは、委員会の管轄区域に関する限り、遡及買収の関係においてもなお右現在の区域によるべき趣旨であることは明らかである。されば、論旨は理由があり、第一、二審判決は破棄を免れない。

よつて更に本件農地が昭和二十年十一月二十三日現在において小作地であつたかどうかを審理するため、民訴四〇八条三八九条に従い、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判官 小谷勝重 藤田八郎 池田克)

上告理由

第一点 地区農地委員会が同一市町村内の他地区に居住する者の小作地を昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基いて遡及買収したことは、買収要件である不在地主の点において欠如する。即ち昭和二十年十一月二十三日現在には全国いずれの市町村にも地区農地委員会は存在しないのであるから、農地と所有者の住所は昭和二十年十一月二十三日に遡れば同一市町村にあり、旧自作農創設特別措置法(昭和二十一年法律第四十三号以下「旧自創法」と呼称する)の第三条第一項第一号の同一地域内にあることとなるので、不在地主として該当せず、買収処分は、違法であるとの原審判決趣旨は旧自創法の解釈を誤つた違法の点がある。即ち

原審の判決は昭和二十年十一月二十三日現在にはいずれの市町村にも地区農地委員会はないので、地区農地委員会が同一市町村内居住者の小作地を遡及買収することはできないということに尽きるので一見すれば正当な理由の様に解されるけれども、これは、自創法の遡及買収の規定を皮相的にのみ解釈したものに外ならないのである。

そもそも遡及買収にはいろいろあるが、旧自創法第五条の五で委員会が自ら計画できるのは、昭和二十年十一月二十三日現在と第六条の規定による農地買収計画を定める時期とにおいて、

(1)  所有権、賃借権、使用貸借による権利若しくは永小作権その他の権原に基いて耕作の業務を営む者が異なる場合

(2)  所有者、若しくは所有者の住所が異なる農地及び同日現在における農地で同日以後に農地でなくなつたものに大きく分けられるのであるが、委員会はこの右二項の該当事項が自創法第三条第一項各号に該当するかどうかのみを審理して遡及買収の可否を決定するものであるから、その審理の過程においては右二項の耕作、所有等の実体的関係や現象即ち現実の耕作肥培管理、所有権の行使、在村不在村等の変遷を比較して買収は決定されるものであつて旧自創法三条第一項第一号の区域外か否かは専ら遡及買収であつても買収日現在に因るべきことは疑がないことである。

果してそうであるならば遡及買収第六条の五についてもその委員会の区域外か否かは専ら買収期日現在の行政民域に因つて決定されるべきものであるから地区農地委員会が旧自創法第四十八条の読替規定を適用して同法三条第一項第一号の現実の区域を遡及して定めたことは何等違法ではないのである。

旧自創法の遡及買収の規定は一般には原審判決趣旨のとおり解されるものとすれば、これは改革の公平を欠くものであり、小作地の買受の機会を広汎にすべく設けられた地区農地委員会の設立趣旨にも反するものと言わなければならない。このことは別紙添付(1) (2) の左記事件によつても明らかで

(1)  宮崎地方裁判所、昭和二十三年(行)第二号

(2)  金沢地方裁判所、昭和二十三年(行)第二号

右二事件によつても夙に審理されているところである。

即ち遡及買収の規定は旧自創法昭和二十一年法律第四十三号の附則二項及び昭和二十二年法律第二百四十一号によつて挿入された六条の二乃至六条の五によつて、不当な小作地引上や、農地解放を逃れんとするものを広汎に小作農に解放することを目的として、特に買収の基準を昭和二十年十一月二十三日現在における事実が原審の根拠になつているので以下これに論及すると、原審で「しかし、いわゆる遡及買収の場合、買収の対象となる土地が買収の要件を具えているかどうかの判断は昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基き、これをなすべきところ、そもそも地区農地委員会の制度は、昭和二十一年法律第四十二号が従前の農地調整法第十七条の二を改正して設置したものであり……以下略」として遡及買収の場合買収の要件を昭和二十年十一月二十三日現在における事実に因るべきことを判旨していることは、よいがこの現在における事実を専ら地区農地委員会の区域と結びつけて判旨していることは前述のとおり違法を免れない。前述のごとぐ「現在における事実」中には、かかる地区農地委会員の設置に繋る行政区域に関する事項までを含んで立法されているものではなく、あくまでも、当時の現実的な農地の耕作管理その後の解約解除、所有権権の変遷等を実体的に審理すべく遡及現在における事実の把握を規定しているものと解すべきであるからである。

以上一般的に委員会の遡及買収においては第一に遡及買収たりともその行政区域上の地域外か否かの判断は旧自創法第三条第一項第一号に準拠してなすものであるから、地区農地委員会は当然同法第四十八条の読替規定により、その地区外の小作地について適法に遡及買収できると解されるし、第二に法文中の「現在における事実」中には行政区画上の地域事項までは包含されて立法されたものではないと解されるのであるから、いづれも原審の判断は自創法の解釈を誤つたものであり取消を免れないので上告に及んだものである。

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